私は某大学の医学部保健学科で放射線医学を学んでいました。当時はサラサラヘアのちょい江口洋介(あんちゃん)を意識したロングで調子こいていました。

なぜ医療業界に進学したかといいますと、高校2年の時に尊敬する祖父が膵臓癌で亡くなったことがきっかけなのですが、実は祖父の死よりも祖父が最期を暮らしている病院という空間の冷たさ・寂しさにショックを受け、これをどうにか変えたいという想いが大きくその道に進むことを決意しました。(だからアイムは心地いい空間にしたいのです!)
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その後、運良く希望の大学に進み病院実習を重ねていたわけですが、数年経っても相変わらず病院は冷たく、笑顔で歩いている患者さんなんて一人もいない状況で、ましてや放射線科にいたものですから、末期癌の患者さんが日々放射線治療に来られるわけで、それはそれは、日々“死”というものを目の当たりにして悩み増幅しまくりの学生生活を過ごしてきました。

そんな極限の現場経験のなかで、今思えば失礼かもしれないですが、「笑って死んでいける病院を作ってみよう」という人生の目標というかコンセプトが僕の中で定まっていったわけです。 
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でもでも、たかが地方大学の保健学科生。なにをすればそれを実現する力を着けられるのかなんて、今ならググってポンッでしょうが、全く情報源はなく「とりあえずエンターテインメントを学べばどうにかなるんじゃないの?」と、文系学部の友人に言われたことを鵜呑みにして、広告代理店というキーワードにぶつかり、最初は代理って言葉にダサさを感じつつも、唯一受けた代理店に受かったので就職し、私の「医療×エンタメ」を探す旅がスタートしたわけです。

それからアイム設立までの紆余曲折の15年。それをこのブログでちょいちょい挟みながらお伝えしていこうと思います。

*佐藤コメント:彼の紆余曲折のヘアスタイル歴史が始まります(笑)